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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)99号 判決

控訴人(原告) 井上スズ 外三名

被控訴人(被告) 東京都国立市長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、府中市に対し、府中市第三、第四都市下水路建設事業の国立市負担分七億九九〇六万六一五八円を支払つてはならない。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人らは、普通地方公共団体(以下「自治体」という。)である東京都国立市(以下「国立市」という。)の住民である。

2  被控訴人は、昭和五七年一二月七日、国立市の隣接の自治体である東京都府中市(以下「府中市」という。)に対し国立市の行政区域内の雨水を多摩川に流出させるための施設の建設に関する事務を府中市に委託すること、右施設は同市が建設する府中市第三、第四都市下水路と一体のものとして建設すること、右施設は国立市と府中市の共有とし、持分の割合は建設費用負担割合に対応するものであること、右施設のうち既設部分(府中市是政六丁目三〇番地先から同市日新町一丁目五番地先までの区間、延長三一三八・二六メートルの部分。以下「本件下水路」という。)の国立市が負担すべき建設費用を七億九九〇六万六一五八円とし、同市は府中市に対し昭和五八年一二月三一日に二億六二四六万一二五六円を、昭和五九年及び昭和六〇年の各一二月三一日に各二億六八三〇万二四五一円をそれぞれ支払うことなどを内容とする「府中市と国立市との間の都市下水路事業の事務委託関連協定書(以下「協定書」という。)案」、「府中市と国立市との間の都市下水路事業の事務委託に関する規約(以下「規約」という。)案」及び「昭和五七年度国立市一般会計補正予算案」を国立市議会に提出し、昭和五七年一二月二七日これが可決されて債務負担行為として予算化された。

3  しかし、本件下水路の設置については次のとおり地方自治法(以下「法」という。)所定の手続を欠いているので、右の債務負担行為は違法である。

(一) 自治体の事務の一部を他の自治体に委託するには法第二五二条の一四及び第二五二条の一五の規定に従い協議により規約を定めこれについて関係自治体の議会の議決を経る必要があるのに、本件下水路は府中市が昭和四四年にその建設に着手し、昭和五三年に工事を完成させていたのであり、本件下水路の建設工事については、事前に関係自治体である国立市と府中市との間の事務委託の協議及びこれに対する両市の市議会の議決をいずれも経ていない。

(二) 仮に本件下水路の建設を事務委託の手続によらず私法上の契約に基づいて府中市に委託することが許されるとしても、これについては法第九六条第一項の規定による議会の議決を契約の締結に先立つて経なければならないところ、本件下水路の建設を委託するについては工事完成後にあたかもこれから工事に着手するかのごとき協定書を作つてこれを議会に承認させたのであるから、右の議決を適法に経たことにはならない。

(三) また、本件下水路の建設により国立市はその行政区域外に公の施設を設置することになるから、法第二四四条の三の規定により関係自治体である同市と府中市との間の事前の協議とこれに対する両市の議会の議決を経る必要があるのに、本件下水路の設置についてはこれらの手続は行われていない。

4  そこで、控訴人らは、法第二四二条の規定に基づき昭和五八年三月一日国立市監査委員に対し必要な措置を講ずべきことを請求する監査請求をしたところ、同年四月六日請求は理由がないとする監査結果の通知を受けた。

5  しかし、控訴人らはこれに不服であり、かつ前記債務負担行為に基づいて支出がされると国立市に回復の困難な損害が生ずるおそれがあるので、法第二四二条の二第一項第一号の規定により被控訴人に対し右支出の差止めを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3冒頭部分は争う。

同3(一)(二)のうち、府中市が昭和四四年に本件下水路の建設に着手し昭和五三年にこれを完成させていたこと及び本件下水路の建設について事務委託の手続が行われていないことは認めるが、その余は争う。

同3(三)は争う。

3  同4は認め、同5は争う。

三  被控訴人の主張

1(一)  自治体が行う土木建設工事はこれを他の自治体に実施させることが可能であり、この場合事務委託の手続によらずに私法上の契約によることもできるのである。

本件下水路については被控訴人の府中市長あて昭和四四年一〇月二九日付「都市計画下水道に関する同意について」と題する文書と府中市長の被控訴人あて昭和四五年三月一三日付「都市計画の同意について」と題する文書の交換により同日国立・府中両市間に請負類似の契約が締結されてその施工が府中市に委託されたのであり、その内容は、最終的に協定書記載のとおり確定しているのである。

なお、右の契約締結にあたつては法第九六条第一項第五号の規定に基づく地方自治法施行令(以下「施行令」という。)第一二一条の二第一項及び国立市の条例である「議会の議決に付すべき契約および財産の取得または処分に関する条例」(以下「条例」という。)第二条が国立市において九〇〇〇万円以上の工事又は製造の請負についての契約を締結するには議会の議決を要するものと規定しているところ、本件下水路の建設を目的とする協定書について昭和五七年一二月二七日国立市議会の議決を経たので、右の契約締結については適法に所定の手続を履践している。

(二)  仮に右の協定書に対する議決がされるより前に本件下水路の建設工事が開始されていたことが違法であるとしても、右議決を経た以上はその瑕疵が治癒されたというべきである。

したがつて、本件下水路の建設について私法上の契約によつたことにつき違法な点はない。

2(一)  自治体が区域外に公の施設を設置する場合であつても、当該施設が設置される自治体の住民との間に右施設の利用関係が生じないときは、法第二四四条の三所定の手続を経る必要がないものと解すべきである。

本件下水路については国立市と府中市の共有持分の割合が各区間ごとに明確に定められており、国立市の持分については府中市の住民との間で利用関係が生ずることはないから、その設置につき同条の手続は不要である。

(二)  また法第二四四条の三の規定による協議と議決は施設の供用開始の時点までにされることで足りるところ、本件下水路の設置については国立・府中両市長間の前記文書の交換に基づき、昭和四八年四月二六日、五月一四日に両市の事務担当者間で、昭和五三年一一月八日に両市長間で、昭和五五年五月一二日、三一日、六月二〇日、七月一一日、八月一六日に両市の事務担当者間で、同年一一月七日、昭和五六年二月一〇日、一九日、二五日に両市の助役間で、同年一二月一日に両市の市長・助役・市議会正副議長・建設委員長間で、昭和五七年七月一六日に両市の助役間で、同年八月二六、二七日に両市の事務担当者間で、それぞれ協議が行われたうえ、同年一二月六日両市の間で協定書及び規約についての協議が合意に達し、これにつき府中市議会においては同月一〇日、国立市議会においては同月二七日議決がされているのであり、かつ本件下水路の供用開始は未だされていないから、同条の手続は適法に履践されているというべきである。

四  被控訴人の主張に対する認否及び反論

1  被控訴人の主張1(一)のうち、被控訴人主張の両文書が被控訴人と府中市長との間で交換されたことは認めるが、その余は争う。

自治体相互の関係は法第一一章の各規定により規律されるのであり、自治体と私人との契約の締結について定めた法第二三四条ないし第二三四条の三の規定がこれに適用されることはない。このことは法第二三四条の二及び第二三四条の三の各規定の契約の履行確保や長期継続契約についての定めをみれば自治体の契約の相手方は一般私人を予定していることが窺えること、また随意契約は施行令第一六七条の二の規定により定められるきわめて限定された場合にのみ締結ができるのであつて、同条の規定は自治体間の契約に適用されるものではないことから明らかである。

このように自治体相互の私法上の契約締結については法は何の定めもしていないのであるから、理論上はともかく実定法上は被控訴人主張のような契約の締結は不可能であり、自治体が他の自治体に建設工事を委託するについて、私法上の契約によるか事務委託によるかの選択の余地があるわけではないと解すべきである。

2  同2のうち、府中市の議会においても協定書及び規約についての議決があつたこと、本件下水路の供用が未だ開始されていないことは認め、両市の間で被控訴人主張の各協議がされたことは不知、その余は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2及び4の各事実並びに本件下水路が府中市によつて昭和四四年に建設に着手され昭和五三年に工事の完成をみたことは、当事者間に争いがない。

二  控訴人らは本件下水路の建設工事について法第二五二条の一四所定の事務委託の手続を経ていない違法があると主張するので、まずこの点につき判断する。

本件下水路の建設工事について法第二五二条の一四所定の事務委託の手続がとられていないことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、自治体がその事務を他の自治体に委託して管理、執行させるについては、自治体間の事務の共同処理の方法として定められた法第二五二条の一四所定の事務委託の方法によることができるのは当然であるが、本件での土木建設工事の委託のように事実行為の執行を他の自治体に委託するような場合にはこれを私法上の契約によつて行うことも可能であると解される。けだし、法第二五二条の一四に規定する事務の委託は、自治体相互の協力関係の一として、自治体の事務の一部又は機関に委任された事務の一部を他の自治体に委託して当該自治体の長などをしてこれを自己の事務と合わせて一体として管理、執行させ、自治体の運営の能率化に役立たせようとするものにすぎないのであつて、法は自治体相互間で請負等私法上の契約を締結することを禁じておらず、土木建設工事等は私法上の契約によつて他人にこれを行わせることが可能な事柄であつて、もとより地方公共団体相互間においても同様であり、法第二五二条の一四の規定もこれを妨げるものとは解されないからである。そして、自治体が私法上の契約によつて土木建設工事の執行を他の自治体に委託するような場合には、委託を受けた自治体は私人と同様の立場でこれを実施するにすぎないのであるから、法第二五二条の一四の規定は適用されないものと解すべきである。控訴人らは、自治体相互の関係については法第一一章の規定が適用され、法第二三四条ないし第二三四条の三の規定は適用されないと主張するが、法第一一章は自治体相互の公法上の関係を規律するものであり、自治体が私法上の契約の当事者となれない理由のないことは先に述べたとおりであるから、控訴人らの右主張は理由がない。そして、右のような契約の締結にあたつては施行令第一六七条の二第一項第二号(昭和四九年六月政令第二〇三号による改正前は同項第一号)の規定により随意契約の方法によることができるものと解すべきである。

これを本件下水路の建設についてみるに、前記争いのない事実並びにいずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証、第一一号証、第一二号証、第一九号証、いずれも成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二号証、第五号証、第一〇号証、第一一号証、第一三号証ないし第一七号証、第二二号証の一ないし三、原審証人藤本秀雄の証言によれば、国立市はかねてより府中市がその行政区域内に建設を予定していた本件下水路を利用して国立市南部の低地九五・六六ヘクタール(谷保第二排水区)の雨水を多摩川に流出させることを計画していたが、そのため被控訴人は昭和四四年一〇月二九日付「都市計画下水道に関する同意について」と題する文書を府中市長あて送付してその旨の申入れをしたところ、これに対し同市長は昭和四五年三月一三日、同日付の「都市計画の同意について」と題する文書をもつて右申入れを受諾する旨の回答を被控訴人あてに行つたこと(右各文書の交換があつたことは当事者間に争いがない。)、これにより国立市は本件下水路の使用を前提とする都市計画を決定するに至つたが、本件下水路に関し両市が負担すべき費用については何ら定められることなく後日の協議によることとされたこと、その後昭和四八年四月二六日両市の事務担当者の間で本件下水路の設置に関する協議が開かれ、その際府中市は本件下水路の建設費用として国立市が三億三〇〇〇万円余を負担するよう申入れたが、同年五月一四日に開かれた右同様の協議の席上国立市はこの段階で同市が負担すべき工事代金を決定することは困難であるとする意向を示したため、この点に関する協議は一時中断することとなつたこと、しかるにこの間府中市は同市内の浸水被害を放置できなかつたことから国立市の利用をも勘案した計画のもとに急ぎ本件下水路の建設を進め、国立市に対しては昭和五三年七月二七日に至り同市の負担すべき工事代金として一〇億円余の支払いを求める「内容調書」を送付してきたため、同年一一月八日本件下水路の工事代金の分担をめぐつて両市長間の協議が行われ、この点についての両市の協議が再開されることとなつたこと、次いで昭和五五年五月一二日、三一日、六月二〇日、七月一一日、八月一六日に両市の事務担当者の間で、同年一一月七日、昭和五六年二月一〇日、一九日、二五日に両市の助役の間で、同年一二月一日には両市の市長・助役・市議会正副議長・建設委員長の間で、また昭和五七年七月一六日に両市の助役の間で、さらに同年八月二六、二七日に両市の事務担当者の間で、それぞれ本件下水路の設置に関する協議が行われ、同年一二月六日両市の間で協定書案及び規約案が作成され最終的に本件下水路設置に関する協議が成立し、その建設費用について国立市は七億九九〇六万六一五八円を負担することが合意されたこと、ところで、府中市においては本件下水路の建設工事を既に完成させていたため、国立市では法第二五二条の一四に規定する事務委託の方法によりこれを府中市に委託するという手続をとることは相当でないとして、本件下水路の管理と未だ工事の完了をみない残余の部分の建設及び管理については事務委託の手続によるものとしてその規約につき議会の議決を求めることとするが、本件下水路の建設については協定書において昭和四四年一〇月二九日付被控訴人より府中市長あての文書と昭和四五年三月一三日付府中市長より被控訴人あての文書の交換により私法上の委託契約が成立したことを確認し、施設の名称、位置、所有割合、費用の負担割合等の細目を確定したこと、さらに法第九六条第一項第五号の規定に基づく施行令第一二一条の二第一項、及び条例第二条の規定により契約締結についての議決を得るものとし、被控訴人は事務委託につき規約案、契約締結につき協定書案を議会に提出して昭和五七年一二月二七日補正予算案とともにこれらについての議決を得たこと、この間府中市議会においても同様の議決があつたこと(この事実は当事者間に争いがない。)、そしてこれらに基づいて同月二八日両市の間で協定書及び規約に調印がなされ翌年一月一日からその効力が生じたこと、以上の事実が認められ、当審証人石塚一男の証言も右認定を左右するものではなく、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件下水路の建設工事については、昭和四四、四五年に行われた府中市長と被控訴人との間の前記文書の交換により、昭和四五年三月一三日に府中市が本件下水路の建設工事を実施し国立市が共有持分に応じた費用の負担をすることを内容とする請負類似の契約が両市の間で締結され、その後施設の位置、所有割合、費用の負担割合等が逐次協議により具体化し、最終的には協定書のとおり契約内容が明確にされ、国立市の負担割合が確定したものというべきである。もつとも、本件下水路の建設工事は右契約に先立つ昭和四四年に着手されていることは前記のとおりであるが、右の事実は右契約の効力を左右するものではない。

したがつて、本件下水路の設置については府中市と国立市との間に請負類似の契約が締結され、これに基づいてその建設工事がなされたというべきであり、これを事務委託の手続により行わなかつたことに違法があるわけではないから、この点に関する控訴人らの主張は理由がない。

三  次に控訴人らは、仮に本件下水路の建設を私法上の契約に基づいて府中市に委託することが許されるとしても、契約の締結に先立つて法第九六条第一項第五号の規定による市議会の議決を経ていない旨主張する。

前認定のとおり、被控訴人と府中市長間の文書の交換による昭和四五年三月の契約締結時点よりはるかに遅れる工事完成後である昭和五七年一二月二七日に法第九六条第一項第五号等の規定に基づく協定書についての国立市議会の議決が行われているところ、昭和四五年三月契約締結当時には国立市の負担金額が未定であり、前認定の経緯により昭和五七年一二月六日ようやく負担金額についての協議が成立したため、当初の契約を確認し、補充する趣旨で協定書を作成する必要が生じ、一方負担金額の確定に伴い法第九六条第一項第五号の規定に基づく施行令第一二一条の二第一項、条例第二条の規定により市議会の議決を必要とすることとなつたため、同月二七日市議会の議決を経たものということができる。したがつて、国立市の負担金額が明確となつた後協定書が調印される前に市議会の議決を経ている以上、条例第二条に違反する瑕疵はないというべきである。

四  次に、控訴人らは、本件下水路の設置については法第二四四条の三に定める公の施設の区域外設置に関する手続を経ない違法があると主張する。

ところで、本来、自治体はその区域の範囲内においてのみ自己の権限を行使することができるものであるが、その区域外に公の施設を設けこれを自己の住民又は関係自治体の住民に利用させることになると、その権限が自己の区域を超えて関係自治体の区域に拡がることになるので、法第二四四条の三の規定は、自治体が区域外に公の施設を設置する場合に関係自治体との協議及び関係自治体の議会の議決を要するとしたものと考えられる。この見地からすると、右の関係自治体との協議及び関係自治体の議会の議決は必ずしも公の施設の設置を定める前でなければならないとはいえず、当該公の施設が設置され住民がこれを利用することができる状態すなわち当該公の施設の供用が開始されるまでに行われれば足りるものと解するのが相当である。

本件下水路については未だ供用開始がないことは当事者間に争いがないのであるから、この段階で右手続が履践されていないとしても何ら違法ということはできない。のみならず、本件下水路の設置については前認定のとおり府中市と国立市との間の協議が行われ協定書及び規約に対する両市の議会の議決があるところ、本件下水路の設置は国立市の共有持分につき同市の公の施設の区域外設置に当然につながるのであるから、右の協議と議決は、公の施設の区域外設置に関する両市の協議とこれに対する両市の議会の議決の性質をも兼併していると解するのが相当である。したがつて、控訴人らの右主張は理由がない。

五  よつて、控訴人らの本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 越山安久 村上敬一)

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